「好きを仕事にする」というフレーズを昔、就職情報誌のCMか何かで聞いた記憶がある。
世の中には生活のためだと割り切って仕事をしている人がたくさんいる。 好きな事を仕事にしている人は恐らく少ないだろう、と思う。 ただ、最初は嫌だったけど仕事を初めてから、その仕事が好きになったという人もたくさんいるだろう。 自分は自営でITをしているが、もともとIT=プログラマーという仕事に好奇心を持っていた。 ただ、やってみて確かに面白い仕事ではあるが、一生涯続けることのできる仕事かというと、やはり、考えてしまう。 運動不足になりがち、納期によって昼夜不規則、年齢からくる体力の衰え、なにより目の疲労。 恐ろしく健康的な仕事ではない。 近所の人に「いつも閉じこもってばかりだから体が動かないだろ?」なんて言われて、「うっせー、好きで閉じこもってるわけじゃないんだよ!」と言い返したくなった事もあったが、確かに、体はなまって動かなくなってくるのである。。。 その点、会社勤めのSEの場合は年齢とともにラクになるから良い。 実際、自分が4年前に会社員だった時は、年を追うにつれて、プログラムを組む仕事よりも、WORDやEXELで設計書を書いたり、プロジェクトの管理をすることが増え、目や肩のこりとは縁が遠くなってきたものだ。 ちなみに、フリーのエンジニアはその全部をこなすわけだが、圧倒的にプログラミング作業が一番多い作業になり、休み休みやらなければ、疲労はたまるばかりなのだ。 自分はポリシー(いや住環境のせい?)もあって受注する仕事は受託オンリーである。 多くの独立したエンジニア(フリーエンジニア)は受託の仕事がなかなか取れずに、結局、大手のSIerやメーカーへ常駐して仕事をしている。 大手なので作業はもちろん分担制であるから、30代にもなれば、自分がそうだったように設計かマネジメントが仕事のメインだろう。 でも、「常駐だと、サラリーマンと同じだよなあ」って思うから、自分がそれをするのは躊躇する。 それに、常駐するくらいなら、お金の面から見ても、サラリーマンとして出世したほうが給与総額は多い。 となると、やっぱり独立したからには受託で仕事を取らなければ意味はないし、そしてそのほうが、自由で充実した人生を送れると思う。 余談だが、「受託の仕事が取れないんですよ」って愚痴ってるエンジニアの人は、もう少し性格を改善するなどすれば、仕事を取れるはず、、、なんて思ったりする。笑 話はそれたが、そんなこんなで、今はまだ安定して仕事をしているからいいのだが、そのうち不況やらITを取り巻く環境の変化で、苦しい時も来るだろう。 その時のために、今から「保険」を準備しておかないといけないなあと思う。 「好きを仕事にする」、再び初心に戻って、何か探してみようと思う。 ガーデニングとか、受験勉強とか、精神世界とか、旅行、などなど、楽しいことはたくさんあるので、その中から、楽しみながら見つけていこうかなと思う。 もちろん焦らず、しかし急いで。
天職とはなんだろうか、いや、そんなモノなどないように思えてきた。
どんな仕事でも長く続けて慣れれば天職になりうる。 もちろん、ものの好き嫌いもあるだろうから、すべての仕事がそうだとは言えないが、仮に選択の余地なくその仕事についたらな、それは天職になり得る可能性を秘めた職業であることは言える。 ただ、人は職業を変える自由を暗黙的に制限されている。 日本では職業を変えるということは世間的にはネガティブなイメージを残す。 また、企業文化もそうである。 いまでこそ、派遣や流動性のある人材市場が大き気くなりつつあるが、それもまだ正社員という身分ではないので、彼らからしてみれば危うい立場だ。 そのような状況の中で天職を探すのは難しい。 やはり、ある程度の割りきった考え方も必要だ。 例えば、今の自分の仕事がどうも面白くない。 ほかにも探せば天職が見つかる。 しかし、家族もいるし簡単に転職はできないし、転職すれば新たな人間関係も築かないといけない。 などという場合は、天職に憧れる気持ちを一時的に封印し、今の仕事は実は運命だったのだと考てみる。 そして、少し仕事の取り組み方を変えるだけで、今の仕事への思いに変化があるかもしれない。 仕事への不満ばかり言っても今の仕事が嫌になるだけであまり良いことはない。 辞めるのはいつでもできるのだから、少なくとも3年はその場で何かを得ようとしてみることだ。 そこに自分がいるのも偶然ではないだろうから。。。 何が言いたいかというと、不満ばかり言っていては何も生産的な結果は生まれないということだ。 現代に生きる人は特に権利意識ばかり強く、少しのことに不平不満を漏らす1億総クレーマー状態である。 そういう自分も、人生にうまくいかない頃があり、その頃はそんな精神状態であった。 もちろん今でも政治や経済、社会の仕組み、いろんなことに不満はあるが、それはさておき、まずは自分の仕事をきっちりこなし、自分の行動を自分自身が満足のいくものにしなければ、それは単なる自己矛盾であり、不満を言う資格はない。 まあ、資格はあっても解決できる力のない人間が不満を言わない方がいいかもしれないが、とにかく、不満を言っているうちは天職など見つからない。 不満を言う精神状態と、天職についている時の精神状態は相容れないものである。 そこで、試しに、今の自分に感謝し、自分にはすべて与えられていて心身ともに豊かであり、何もかも満足であるという精神状態に自分を無理やりもっていき、もう一度今の仕事を見つめなおしてみたらどうだろうか。 ただし必ずしも物理的に豊かでなくてもよく、自分が今の自分を許容し、感謝できるようになれば良いのである。 きっと今の仕事に対する見方が変わるはずである。 もし変わらなくても大丈夫、その時は今までより前向きな気持ちで天職探しの旅に出られるはずである。 そして、天職はきっと向こうから姿を現すはずである。
独立してしばらく更新ストップしていたのですが、復活。
読み返すと会社員時代の日記もあって、なんとも懐かしいなと。 あのころは「独立する」ということに、ある種かしこまったイメージを抱いていたみたいだなあ。 現実は、いたって普通の毎日、自由と平和の毎日。 思い悩んだ時期もありましたが、まあ、振り返れば大したことなかったかなあ。 天職というか適職を見つけて、一人会社ながらも、なんとかサラリーマン時代よりは良い収入を得て、安定し始めると、また余計な事を考えるものだね、人間て。 職業については、親にも昔から言われてますが、3年は我慢しろと。 前の会社は3年以上勤めたが、それでも約3年。 確かに3年勤めると自分の居場所のようなものができて、会社に行くのが楽しくなることさえあるのだ。 これなら自分一人でできる!なんて思ったのが独立のきっかけ。 偉そうだけど、みんなそう思って独立ってするんでしょ? そういえば、今年で3年目。 10月でちょうど3周年。 やっぱ、3年ってのは区切りの年かなって思う。 だからと言って、今の仕事を辞めるという事ではなく、なにか新しいものを見つけようかなと。 思えば、独立して1年目くらいで安定してきて、小学校のころ夢見てた医者になりたいなとか、イベントやコミュニティサイトの縁で精神科医、カウンセラー、そういうものに憧れてみたりした。 「引き寄せの法則」なんて言うけど、歳くってもいいから医者を目指そうと思い始めてから、医師向けの求人サイトの依頼が4件ほど来た。(現在制作中) 身近な人で親が医師だという人も現れた。 それを考えると運命?なんてことも考えてしまう。 けど、はたして、それが本当に天職なのか。 いまだ、よくわからない。 経験したことがないから、わからないのだ。 だって、医者なんて「お試し」で経験できないし。 プログラムは小さい頃、ホント偶然とも言うきっかけで経験したのだ。 http://koinusuke.jugem.jp/?cid=7 というわけで、ITは始めたのは遅かったが、もう10年近くなるので、もうそろそろ中堅と呼ばれるレベルなのかもしれない。 なんらかの職業に憧れるというのは、いろいろな感情、想いがある。 さらに、生活のためとか安定のためとか大切な人を守るためといった現実的なモノもある。 自分で書いたブログを読んでいて、そういうものを一時的に排除して、もう一度自分が本当にやりたいこと、心が躍ることってなんだろうって考えてみることにしたい。 とはいえ、決してITをやめる訳ではない。 自分が生きていくにはこれしかないのだから。 せっかく、(今は)大学卒業当時の極貧な自分から見れば、安定した裕福ともいえる生活を送っているのだから、その間に準備をしておこうと思う。 3年という区切りで、得るものもあれば、もしかしたら、いろいろと失うものもあるかもしれない。 なので、9月まではいろいろと考えたいと思う。 自分にとって本当に心が躍ることって何か。 その後、自分にとって本当に必要な事・モノ・人は何か。 いわゆる「シーズ」を考慮した上での「ニーズ」よりも「ウォンツ」ですね。 目標が定まって、スッキリした気持で3周年を迎えたいものだ。
世の中に職業は溢れており、まず選ぶのに迷い、
選んだところで職に就けるとは限らない。 選ぶ際には、欲でなく、心が躍るかで判断し、 就けない仕事は縁がないと割り切り、 就いたら今できることを全力で、 辛くとも3ヶ月、そして3年我慢して、 徐々に嬉し楽しが現れたら成功! 自分の経験から導き出された適職・天職探しのプロセス。
天職と適職とあると思う。
この前そういう話を人から聞いて「なるほど!」と思った。 天職ってのは自分が心から魂から求めている仕事。 本当にやりたい仕事。 これは楽しい!って実感できる仕事。 適職って言うのは、その人の性格にあった仕事。 結果、楽しい!って思うことも多いのではないだろうか。 なので、天職と適職って、ごっちゃにしてしまうことが多いと思う。 自分も考えてみた。 IT関連の仕事は確かに適職だ。 でも心の底から楽しいかと言われればそうではない。 もし天職であれば難解なプログラムや最新のIT事情など、すすんで収集し、自分でプログラムを組んで自分専用のシステムなんかも作ってるはずだよなって思うし。 自分は昔から人を楽しませたり、何かを教えてあげることが好きだった。 とくに人を楽しませることってのはシャイな自分を知っている人は意外と思うだろう。 かといって人前に出るのは苦手なんだけど。 かならずしも天職が現在の職業とは限らない。 なので、ちょっとブログの方針が変わりそうですが、 天職と適職の両方を探しましょう。
【辞めようかな】
ソフトウェア業界に入って、この仕事を天職と思えるようになったのは 2、3年前かと思う。今の会社に入る前後くらい。 それまでは派遣社員だったこともあり常に背水の陣で、毎日が勉強・勉強。 精神的にも疲れるし、がんばってもプロパー社員のようにディレクター的な役割ができるわけでもなく、辞めようかななんて思うことも何回かあった。 でもソフトウェア業界に入る前も金融業界や事務、デザイン、漫画、肉体労働などのいろんな仕事を経験したのだが、やっぱりソフトウェア開発が自分には向いてるようだ。 自分と同じような静かな性格の人が多いのと、仕事に飽きないというのが一番の理由だと思う。 結局、なんだかんだ言っても続けてるんだよな・・・ってのが世間的な意味での天職なのかもしれない。 【面白い仕事】 天職って思える仕事は、やっぱりどこか面白いと感じるものだ。常にそう感じなくても楽しいと思う瞬間が必ずあるはず。 ある仕事をしてみて、それが面白ければ好きになるし、好きになれば少しくらい嫌なことがあっても、すぐに忘れることができる。だから続く。 仕事となれば嫌だからといってすぐに辞めることもできないので、実際には嫌いなことでも我慢して続けている人もいるだろうけど・・・。 ちなみに仕事が好きでないのに、優秀な人ってあまりいない。大抵、「この人、才能あるなあ」 って思う人は仕事も好きだったりする。(まあ、少なくとも嫌いではない。) なので、好き嫌い、面白いかつまらないかで、天職かどうかって判断できるような気がする。 【転職は悪】 人によっていろんな経緯で仕事に就くだろうけど、おもしろい!って感じることがあれば、その仕事はまあ、おおよそ「当たり」だと思ったほうが良いと思う。 世の中そんなに面白いって感じる仕事なんかないし、むしろつまらないって感じることのほうが多い。 さもなくば永遠に職を転々とすることになる。でも、それだって悪いことだとは思わない。 日本では、いや、一般的に職業を変えることは良いことではないとされる。 が、確かに忍耐力や信用を疑われる場合もあることは認めるが、それも人物次第だろう。 職を変えることは悪いことではない。貴重な自分の人生を、時間を無駄にして自分に合わない仕事を我慢して続けるくらいなら、さっさと別の仕事を探したほうが良い。 【天職を探すには】 天職探しは難しい。時間の制約もあれば世間体もある。いつまでものんびり探すには相当の勇気と根性と覚悟が必要だ。 結局、自分が楽しいと感じること、面白いと感じること、決してそれは職業にはならないかもしれないけれど、職業どころか馬鹿にされるかもしれないことかもしれない。でも楽しい、面白いと感じることの延長線上に天職があるんじゃないかなと思う。経験的に。 物事は、そうして連鎖していくようだ。経験的に。 ・・・良いことも、悪いことも連鎖するようだ。これまた経験的に。 < 前のページ次のページ >
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by koinusuke |